戦場の人事係
――玉砕を許されなかったある兵士の「戦い」
七尾和晃 著
太平洋戦争末期、玉砕戦となった沖縄に派遣され、戦友が死ぬたびにその状況を克明に記録したメモを戦時名簿に添えて保管していた准尉・石井耕一は、最後の戦いを前に中隊長に「おまえは残ってくれ」「生きのびて(死んでいった者たちの物語を)伝えてくれ」という任務を託されました。終戦後、中隊が潜んでいたガマ(洞窟)に埋めていた戦時名簿を回収した石井氏は、その記録をもとに戦友たちの遺族を訪ね歩く長い旅をはじめます。この本はその石井氏の晩年に本人に取材した著者が、苛酷な戦場を生きのびた一人の元・下士官の心象風景に迫った貴重な記録です。
太平洋戦争において実際に戦地で使われていた戦時名簿を、その管理責任者みずからが持ち帰り、その記録をもとに行脚を行なった例は他にないと思われます。著者は沖縄の現地取材にとどまらず、米国国立公文書館やフーバー研究所の資料なども使って石井氏が戦った沖縄戦の実像を浮かび上がらせ、石井氏の記憶を再構築しています。
戦友の遺族を探しつづけ、会いに行くというのは精神的にも相当に苦しい営為だったはずですが、それでも石井氏は決して行脚をやめませんでした。その原動力となったのは、なによりも使命感、そして一方ではサバイバーズ・ギルトのような感情があったのかもしれません。戦争が終わっても、そこで刻印された痛みから人が解放されることはないのです。しかし、終章で明かされる中隊長との関係性の中には人間性への希望を見出すことも可能です。
本書の最後に、著者は「閉ざされた記憶の内側に秘められ続けた、『記録されなかった記憶と体験』の数々。それは歴史の年表が置き去りにしてきた、封印された歴史の実相そのものではなかったか」と書いています。本書が明らかにする石井氏の物語が、戦争という巨大な悲劇の実相を伝える一助になることを願ってやみません。
(担当/碇)
目次より
第1章 「最期」のメモ
・「私は人事係だから」
・三回目の召集で沖縄へ
第2章 玉砕の南部戦線
・「十・十空襲」
・米軍の上陸
・助からない命
・ガマの中の情景
第3章 「生きて伝えよ」
・最初の自決
・最前線の悲惨
・一杯の水を欲して
・「海岸へ出よう。いい空気を吸って死のう」
・戦いの終焉
第4章 もう一つの証言
・サイモン・バックナー中将の日記
・仲田栄松の苦悶の日々
・米軍による山狩り
・「私どもを、上から見ていたんですね」
第5章 虜囚の風景
・テニアン島における「予行演習」
・沖縄人をめぐる議論
・膨れ上がる民間人収容所
第6章 奪還
・屋嘉収容所の日本兵
・「新しい爆弾の実験が成功した」
・砂浜で告げられた日本の敗戦
・軍籍簿の行方
第7章 生還者の戦後
・本土への最初の復員船
・占領下・東京の無残
・公害との戦いと市長選挙
第8章 生き残るという罪
・戦友の遺族と向き合って
・戦死者の唄
・生をまっとうするための「死の記録」
・「沖縄では臆病な者だけが生き残った」
終章 最後の伝令
・中隊長の故郷
・もう一つの約束
著者紹介
七尾和晃(ななお・かずあき)
記録作家。人は時代の中でどのように生き、どこへ向かうのか――。「無名の人間たちこそが歴史を創る」をテーマに、「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」姿勢で、市井に生きる人々と現場に密着し、時代とともに消えゆく記憶を踏査した作品を発表している。『銀座の怪人』(講談社)、『闇市の帝王:王長徳と封印された「戦後」』『炭鉱太郎がきた道 : 地下に眠る近代日本の記憶』(以上、草思社)、『琉球検事 : 封印された証言』(東洋経済新報社)、『吉原まんだら』(清泉亮名義、徳間書店)、『十字架を背負った尾根』(清泉亮名義、草思社)など、他名義を含め著書多数。
公式HP https://sites.google.com/view/kazuakinanao/
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